神宮にいこう
「あぁ、もう違うな」これが最初に思ったことだった。
2014年の夏、甲子園を観て僕が思ったことである。そこにあったのは去年と同じように15〜18歳の年齢の球児たちがひたすら白球を追いかけ、泥にまみれ、一発勝負の舞台で全力をそそぐ姿である。
しかし、何か違和感があった。どうにものめり込めない。去年までと違って何かがおかしい。どこか冷めた目で見ている自分がいる。
甲子園自体は何も変わっていない。じゃあ変わったのは僕の方だ。何が変わったのだろう。
そこで気づいた。僕はもう高校生ではなかった。
そして出した結論が冒頭に記したことである。
「いや何を当たり前のこと言ってんだお前」的なことを思う人もいるかもしれない。
でも、その時の僕にとっては大きな発見であった。
その時に初めてその瞬間でしか味わえないモノがあると思ったと言い換えてもいいかもしれない。
そして「学生スポーツは学生のうちに観に行くべき」なる結論を出した。
僕がよく読むブログ、プロ野球死亡遊戯で気に入っているフレーズがある。それは“いつの時代も、プロ野球選手は試合で結果を残して、ファンとその人生をワリカンする。”というものだ。
この言葉を借りるなら「学生スポーツをワリカン出来るのは学生だけ」とでもなるだろうか。
翻って今年、2018年、僕は再び同じ様な状況に立たされている。
そう、大学4年生である。最終学年である。2013年と状況は同じである。
六大学野球が開幕したのである。
ということで野球に興味がなく、これまで行ったことのない人も六大学(東大、慶大、早大、明大、立大、法大)に属している大学生ならば是非一度行って観てほしい。
「伝統がなんちゃら」だの「応援で盛り上がりがなんちゃら」だの聞いたことがある人もいるかもしれないがそんな野暮なことはどうでもいい。
ただ同年代の学生たちがプレーし、それで一喜一憂が出来るのが大学の4年間しかないことを考えると、行かないのはあまりにも勿体ない気がする。
是非、神宮球場に足を運んで、「ワリカン」をして欲しい。
#野球